大人のハッピーセット vol.3 〜「友の湯」の思い出〜
大泉学園「友喜」のホッピーセット&お通し&玉子豆腐 / 今週の「大人のハッピーセット」
大泉学園「友喜」のホッピーセット&お通し&玉子豆腐
銭湯はかつて、今よりもずっと庶民の生活に密接な施設だったから、駅の近くはもちろん、そうではない住宅街のなかにも点在している。
こちらは、僕の地元である練馬区の石神井〜大泉エリアの名銭湯「たつの湯」。
「たつの湯」
ご覧のとおりの見事な破風造りで、ピンク色のアクセントがおしゃれだ。大きな湯船がひとつだけの昔ながらの銭湯だけど、高い天井にいたるまですみずみがピカピカで、仕事後にひとっ風呂浴びるのが最高。また、2代目がさまざまなカルチャーや、お酒にも精通しているらしく、風呂上がりに庭を眺めながら、缶のクラフトビールや、僕の大好きなタカラ「焼酎ハイボール」が飲めるのも嬉しい。
ところで、こういう昔ながらの銭湯の前には、まるでワンセットであるかのようにぽつんと1軒、赤ちょうちんのぶらさがる酒場があったりして、僕はそれを「湯あがり酒場」と呼んでいる。今も昔も、「風呂あがりの一杯」をなによりの楽しみにしている人が多い証拠だろう。
ここ、たつの湯の前にも、そんなな湯あがり酒場が存在する。
「友喜(ともよし)」
僕は早めの夕方、つまりこの店がまだ開いていない時間にたつの湯へ行くことが多いので、先日、何年ぶりかで訪れた。そうしたら、もうずいぶん前に行った時の記憶よりもはるかに素晴らしい店で大感激。たぶん当時は、まだまだ若かったし、友達とふたりで行ったから、店がどうこうよりも、その友達としゃべりながら飲むのが楽しかったんだろう。
まずはホッピーを注文すると、ジョッキ入りのナカ、瓶のソト、そしてたっぷりの氷というフルセットが到着。日替わりボードに「玉子豆腐」(120円)という、あまりにもちょうど良さそうなメニューがあったので合わせて頼むと、お通しの鶏むね肉のからあげとともにやってきた。
さすが鶏のプロが作っただけあり、あっさりとしているのにジューシーで、揚げたてサックサクのからあげがホッピーのおともにばっちり。ちびちびとスプーンですくいながら食べる玉子豆腐もいい。
「ホッピー」(530円)
それから、看板メニューである焼鳥も注文してみよう。「手羽先」「なんこつ」「ひな皮」「ぼんちり」「白もつ」、味はおまかせで。
「手羽先」(180円)
するとその、焼けるたびに新しい皿で出してくれる焼鳥が、ものすごくうまい! 聞けばこの道30年以上になるというご主人が、僕のいるカウンター席から手の届きそうな位置にある焼き台から焼きたてを直送してくれるんだから当然か。しかしよく考えると、こんなに贅沢な料理って、世界中を探してもそうそうないんじゃないだろうか?
「ぼんちり」(130円)「ひな皮(130円)」
ていねいに処理され、串に打たれたぼんちりや皮はたれで。外側はかりっと、なかはじゅわっと、もう、うっとり……。
他に座敷にグループ客がひと組だけだったこともあり、優しくてお話好きの女将さんと、寡黙だけどにこやかなご主人が、地元のいろいろな話を聞かせてくれ、なんともいい時間だった。特に、僕が子供のころ、いとことよく行っていて、はるか昔になくなってしまった大泉の銭湯「岩の湯」のご主人とは今でも会うことがある、なんて話が聞けたのは嬉しかったな。
地元の酒場へ通えば通うほど、街の解像度が上がっていくのって、やっぱり楽しい。
「友の湯」の思い出 / 今週のコラム ※今週は最後まで無料です
僕の家の最寄駅である、西武池袋線の石神井公園駅の駅前エリアには、昨年まで2軒の銭湯があった。ひとつは南口の商店街「パークロード石神井」の終わりあたりにある「豊宏湯(とよひろゆ)」。もうひとつは駅から3分ほど歩いた住宅街にある「友の湯」だ。
豊宏湯は、昔ながらの立派な破風造りの銭湯で、井戸水を薪で沸かすかなり熱めの湯が特徴。なので、銭湯ファンからの人気も高いようだ。
一方の友の湯は、こちらも井戸水を薪で沸かすタイプではあるものの、素っ気ない住宅風の外観で、お湯もそこまで熱くなければ、小さな水風呂も、ものすごく冷え冷えというほどではない。看板はあるものの、電気が切れているのかついていることはなく、路地を入って目の前に行くまで、営業しているのかいないのか、いつも不安なくらいだった。
もちろんどちらの銭湯も好きだけど、僕はどちらかというと友の湯のゆるさが肌に合い、石神井で銭湯に行くならば、3回に2回くらいの割合で友の湯を選んでいた。
夏場、あまりの暑さで熱気が体のなかにこもったような不快感を、まずは湯に入って温まった後、水風呂で放出する。この快感がたまらず、かつて、多いときは週に4、5日銭湯に通っていた。つまり、週に2、3回は友の湯へ行っていたというわけだ。
しかし残念ながら、友の湯は2021年の1月11日に閉業してしまった。しかも僕がそれを知ったのは、閉業の翌日。銭湯好きの友達が「石神井の友の湯、昨日までだったらしいですね」と連絡をくれ、それで知った。なんてことだ。あんなに大好きだった銭湯が、突然「今はもうない」なんて……。せめて、「あと◯日」とカウントダウンして、最後の入浴をして……という別れかたならば、多少は心の整理もついたのかもしれないけれど、あまりにも寂しすぎる。冬場だったので銭湯に行く頻度が減っていたこともあるが、それにしても自分が不甲斐ない。
僕が友の湯に行く時間、番台にいるのは女将さんなことが多かった。僕の知る限り、お客が来ても愛想をふりまくようなことはなく、会話も「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」の最低限のみ。ただ、僕はその接客が嫌いではなく、心のなかで「今日もいてくれているな。ありがとうございます」と感じ、それを1日のひと区切りとしていたような気がする。
閉業を知り、いてもたってもいられなくなった僕は、すぐ友の湯の電話番号を調べて電話した。普通、そんなことをする人はあまりいないのかもしれないけれど、僕はフリーライター。「取材ということにしよう」というモードに自分を切り替えると、意外と大胆な行動に出られるのだ。電話をすると、すぐにいつもの女将さんの声が聞こえた。
「はい、友の湯です」
「あ、突然すみません……ええと、そちらの銭湯が閉業してしまったと聞いたんですが……そのことについてちょっとお聞きしたくて……」
「閉業ではなく、休業です」
「ということは、また再開するんですか?」
「それはわかりません」
「なるほど……じゃあ予定はまだ未定で、その可能性があるというか」
「あの、どういったご用件ですか?」
「あ、すいません! ええと、僕、そちらの銭湯が好きでよく行ってた者なんです。それで、突然休業されたことを知ったもので、その前に行くことができなかったのが残念で。もしも可能であればなんですが、一度おじゃまして、内観の写真だけでも撮らせてもらえないでしょうか? どなたかがそちらにいるタイミングなどがあれば、できるだけ合わせますので……」
ここで女将さんの声のトーンが、明確にではないけど、ほんの少しだけ変わった気がした。
「そうですか。ありがとうございます。ただ、今いろいろとバタバタしていて、ちょっと難しいですね。だけど、建物はまだしばらく残っているので」
事情がわからないので、それ以上食い下がるわけにはもちろんいかない。
「そうなんですね、わかりました。では、折を見て、たとえば数ヶ月後くらいに、またお電話させてもらっても……」
「そうしてみてください」
残念ではあるけれど、女将さんから「閉業ではなく休業」と聞けたことは大きな希望だ。僕はなんとなく、きっとそのうち再開するに違いない、そんな楽観的な気持ちになり、それから数ヶ月は、いつもどおり仕事や生活に追われて過ごしていた。
ところがある夜、友の湯の近くを歩いていて、いつもなら見えるはずの場所に煙突がなくなっていることに気がつく。あわてて前まで行ってみると、友の湯は、あっけなく解体されてしまっていた。
2021年12月撮影
なぜもっと早く、もう一度電話をしてみなかったんだろうか。と、後悔しても遅い。街というのはこうやって、いつも突然に景色を変えてしまうものなのだ。
数日後、すっかり更地になってしまった友の湯の前まであらためて行ってみた。まだ工事用のショベルカーなどが置かれたままで、つい数日前まで作業が行われていたことがわかる。湯船はあのあたりだったかな? 水風呂はこのへん? 建物がなくなってしまうと、驚くほどわからないもんだな。
けれども、思い出のなかにはまだはっきりと、友の湯がある。下駄箱に靴を入れて、ソファとテレビのあるロビーを抜け、番台で480円(ちなみに東京の銭湯入浴料は、この夏から500円になってしまった)を払う。さっと服を脱いで、シャワーで全身を洗う。ちょうどいい温度の湯船に浸かって体を伸ばす。自然と、あ〜……っと声が出る。見上げれば、高い天井のいちばん上にある窓から斜めに光がさしこみ、水面だけでなく、浴場内すべてがキラキラと輝いているようだ。少し温まったら水風呂へどぼん。水温が適度で、いつまででも入っていられる。もはや無念無想。これを3度くり返し、ふたたびシャワーを浴びて体を拭く。
友の湯には酒類は売られていなかったので、心身ともに超絶さっぱりした状態で外へ。真夏の空気も今だけは心地いい無敵状態だ。そのまま、すぐそばのファミリーマートへ行く。そこには広いテラス席があって、今の時代にもうそんなことは無理だけど、コロナ前は夕方になると、そこで買った酒で一杯やっている人も多く、まるでオープンエアのカフェバーのような状態になっていることもあった。
僕もそのすみの席に座り、キンキンの缶チューハイをぷしゅり。さっきまで入っていた銭湯の煙突を見上げながら、一杯だけ飲む。それは、日常のなかにいつまでもあると思っていた、幸福な時間だった。
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